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こどもの日につらつら想うこと 

 早朝、地震で叩き起こされたせいか、それともただの怠け癖なのか、とにかく頭ぼんやり、身体がだる重。

 こどもの日、であります。
 少子化、出生率の低下というキーワードが飛び交っていますが、自宅そばの新興住宅街は乳幼児、児童の声が響き渡っています。しかし2年前にその住宅街が完成する前はしーんと静まっていました。自宅前の40数世帯のマンションにも子どもは数えるほどしかいません。東京近郊の、昭和30年代から50年代にかけて開発された住宅街はえてしてこんな有様でしょう。
当時何を理想としたかの是非は問えませんが、結果として住宅街は住み着いた住人が何世代もその地域で暮らすことができないということでしょうか。だいたい生活の場ではなく「ベッドタウン」といわれていましたからね。勤め人が「寝に帰る場」。街が出来て40年、いまや勤め上げた人が一日中ずっと居ます。
 でも、ここ10数年間で都市近郊で次々と生まれた建売住宅街も同じ道を辿るだけではないでしょうかねえ。

 自分の子どもの頃(ざっと40年ほど前です)と比べてみても、たぶん今の子どものほうがまだ安全・安心な環境にいると思います。「昔はよかった」という同世代がいますが、それは都合良く記憶を編集しているに過ぎません。
通学路に歩道はなく街灯もまばら、普通に野良犬がうろうろしていましたし(東京郊外ですよ)ほかにも現代の若い母親が悲鳴をあげるような不衛生な環境も残っていました。また高度成長期の歪みが現れてきた頃で、大気汚染、河川汚染や有害食品添加物などによる公害、スモンやサリドマイドなど薬害、生存が脅かされるような事故、事件が珍しくありませんでした。チッソ、サリドマイドや粉ミルクの事件では当時の胎児、乳児が犠牲になりました。僕のほんの少し年上の人たちです。下手をすれば、自分も当事者になっていたかもしれません。そんな時代です。
粗末にはされていなかったけれど、格別大事にもされていなかったと思います。

 子どもはとりあえずはその時代の大人が作った環境で生きていくしかありません。大人と比べれば弱者ですが、でも愚かではありません。大人のやることをじっと見て何か考えているはずです。すごいなとか馬鹿だなとか。でもそれは自分が子どもだった頃と同じですけれどね。
ただもう子どもが手に入れることができる情報量が半端なく違います。(僕らはせいぜい学校の図書館や、学研の「科学」「学習」でしたからね)それも大人が作ってきた環境です。ある分野で抜き去られても仕方がないです。

 子どもはさっさと先を歩いていくべきだし、大人がその足手まといになってはまずいね。

 取り散らかってきたので、今回はこれまで。

 

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カテゴリ:備忘録・雑感

2014/05/05 Mon. 15:02 -edit- Trackback 0 / Comment 0

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